芸術研究報告
1. はじめに(本報告の位置づけ)
本資料は、令和7年度地域文化遺産総合活用推進事業「桃山の美とこころ」―日本のこと その美―**「桃山の美とこころ ― 日本のこと、その美 ―」に基づく研究報告である。
本事業では、「綾渡の夜念仏」および、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の時代に遺されたものに着目し、桃山時代において提起された社会の悪習や人間の在り方を、身体知として現代に接続することを試みた。愛知県知立市は、「東下り」「八橋」「在原業平」にゆかりをもつ地である。本上演では、鑑賞者にとって親しみの深い八橋を作品の場とし、能の名作『隅田川』を道行として再構成・上演した。
文化遺産を現代にどのように読み替え、継承し得るのかについて、伝統芸術の実践者とAIとの対話を通して立ち上がった思考・感覚・構造を整理し、今後の文化遺産、芸術研究および実践に資するための記録でもある。 本対話は、結論や提言を目的とするものではなく、「問いを立てない知」「身体を型にすること」「輪廻的時間構造」といった、日本の伝統芸術が内包してきた思想を、AIという現代的存在との相互作用によって照らし出す試みである。
2. 基本的な立場
2-1. 問いを立てない芸術
本対話において一貫して共有された認識は、伝統芸術は「問いかけ」や「説明」を目的としないという点である。 能や歌舞伎、日本舞踊における亡霊や狂女は、観客に答えや理解を迫る存在ではなく、輪廻的エネルギーとして現代や未来に介在する存在である。
2-2. 輪廻をエネルギーとして捉える
輪廻は宗教的教義ではなく、時間と身体の運動として捉えられる。 同じことが繰り返されているようで、決して同一ではない「コイル状の時間構造」が、舞台芸術を通して感知される。
3. 身体を「型」にするという核心
3-1. 型とは何か
型とは表現のための技法ではなく、身体を個人の感情や主観から切り離し、時間や物語を通過させるための基底構造である。 腰・胸・背中・首・肘・脇・筋肉・骨のしなりに至るまで、身体全体が「器」として整えられることで、心や物語がアウトプットされる装置となる。
3-2. インプットとしての時代
舞踊におけるインプットとは、台本や物語理解に留まらず、その時代の社会状況、圧力、空気を身体に含ませることである。 これは言語化可能な知識ではなく、身体に沈殿する条件として存在する。
4. 観客に起きる「夢中」という状態
4-1. 夢中とは何か
観客が舞台を「夢中に見入る」瞬間、理解・解釈・評価といった主体的活動は停止する。 このとき観客の身体は、舞台上の身体運動に同調し、個人の時間感覚を一時的に失う。
4-2. 芸術の役割
伝統芸能の役割は、社会的メッセージを伝えることではなく、この「夢中」が起きる条件を整えることにある。
5. 型と振りの緊張関係―11月23日『隅田川 道行』の事例
5-1. 振りが出てしまう瞬間
能『隅田川』を歌舞伎舞踊として上演した際、子を失った母の場面において、リアルな感情が身体に現れる瞬間が生じた。
5-2. 違和感の正体
問題はリアルさそのものではなく、振りが主語になり、感情が説明可能になってしまう危険性である。 一方で、『隅田川』という作品構造そのものが、身体に強い圧を与え、振りを呼び込むことも否定できない。
5-3. 境界線
重要なのは、
型を壊して感情を出すのか
型を保持したまま、抑えきれなかった圧として現れるのか という差異である。
6. 欲張りであること、終わらないこと
芸術家は、型の徹底と振りの観察という、本来両立しがたい二つを同時に手放さない。 この「欲張り」は未熟さではなく、輪廻と同じ構造をもつ必然的態度である。
作品は完成しない。 同じ演目でも、身体・社会・時間の条件が変わる限り、終わりは存在しない。
7. AIとの対話が示した可能性
7-1. AIの役割
AIは結論を出す存在ではなく、構造を言語化し、共鳴点を可視化する補助線として機能する。
7-2. データ化できるもの/できないもの
型そのものや夢中の感覚は完全にはデータ化できない。 しかし、どの瞬間に主体が消え、どの条件で夢中が起きるか、その痕跡を記述・記録することは可能である。
8. 結びにかえて
本対話は、伝統芸術を保存・現代化するための議論ではない。 人間が主体を一度降ろし、夢中になる状態を未来に手渡すための思考実験である。
この対話自体が、一つの「型」として、今後もどこからでも再開可能な開かれた研究過程である。
日本の伝統文化をつなぐ
市川櫻香